日本WHO協会からのお知らせ

2019年12月 2回目

中村哲さんの訃報に衝撃を受けています!

アフガニスタンで活躍されてきた中村哲さんの訃報に衝撃を受けています。

1990年、私がアフガニスタン難民支援のためにパキスタンで1年間仕事した時に、大変にお世話になりました。当時、ペシャワールのPMSで奮闘されていたのが中村哲さんでした。ユニセフのペシャワール事務所には喜多悦子さん(現笹川記念保健協力財団 理事長)がおられ、私はイスラマバードの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)で仕事させていただきました。

アフガニスタン難民支援について、教えていただくばかりでした。パキスタンを訪れた友人たちとペシャワールに行くときは、いつもペシャワール会の活動を見学させていただきました。ハンセン病のサンダル工房は印象的でした。ハンセン病患者は手足の感覚麻痺により痛みを感じなくなるので、足の裏に傷を作りやすい。それを防ぐために、パサール(市場)に行って現地のサンダルを研究し、結局、サンダル工房を開設されていました。

中村哲さんは医師の立場からいのちを守ることを徹底してきました。ただ、狭い意味での医術ではなく、いつも社会全体を見据えて果敢に処方箋を出されていました。ハンセン病患者のためのサンダル工房、旱魃のアフガニスタンにおける用水路建設、自給自足の農村回復をめざす農業事業。すべてが「誰も行かない所でこそ、我々は必要とされる」をモットーに、いのちを守るために私たちの社会を変革する活動につながっています。

中村哲さんがペシャワールに初めて赴任されてから35年。持続可能な開発目標(SDGs)が提唱されるはるか前から、すばらしい実践をされてきた先人がいることは私たちの誇りです。「パキスタンのペシャワールという古来からの東西の交差路に視点を据えると人間と世界すべてがみえる」と看破した名著『ペシャワールにて』(石風社:1992年)を読み返して、中村哲さんの思いを世界の若い世代の方々とどのように共有すればいいのか、じっくりと考えていきたいと思います。

心からの追悼の意を表します。

理事長 中村安秀

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